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2011年3月23日 (水)

地震、そして。

ご無沙汰しております、こしずです。わたわたしていたら地震から10日以上経ってしまいました。

3月11日の地震発生当時、私は祖父と実家の居間でテレビを見ていました。突然、めまいのようなクラクラ感。すると横で祖父が「地震だ。」と、左右に揺れている天井の照明を指差しました。私が急いでチャンネルをN●Kに変えると大きく揺れるスタジオで「落ち着いて行動してください」と呼びかけているキャスターが。それからまもなく、静岡でも気持ち悪いような大きな横揺れが数分間か続きました。

揺れが収まった直後、まだ仙台に残っている大学の友人たちにメールを送信。私が仙台にいると思っていた地元の友人たちからもたくさんメールを頂きました。すると居間でテレビを見続けていた祖父が「おい、すごいことになってるぞ」と。そこには津波にのまれて行く街並みが映っていました。しばらくして中継で映った仙台の中心部。駅が封鎖され、所々が地震で破壊され、雪も降っていて…その様子に涙が止まりませんでした。地震のショックと友人の安否が心配でその夜は眠れず、午前3時頃にようやく就寝、そんでもって4時半に緊急地震速報で叩き起こされ、睡眠時間は1時間ちょい。

それから数日間は大学の友人やゴス友さんたちの安否確認に奔走、Twitterやmixiなどを片っ端からチェックし地震後に友人の書き込みがあるかどうかを調べたり、メールやネットが通じにくい被災地に代わってサークルのメンバーの安否情報を掲示板に書き込んだり、市町村からのお知らせをメーリスで流したりしておりました。時間を忘れてケータイとPCとにらめっこ。今思うと、とにかく必死でした。

地震から3日後のこと。前の記事のコメント欄でもお知らせしたとおり、大学の友人(一緒にTwitterをやっているメンバーと同じ学科の女子たち)、同じサークルに所属するメンバー、研究室の先生や先輩たちなど、私が知っている限りの人は全員無事が確認できました。春休みの中盤だったこともあり、私と同じようにたまたま帰省していて被災を免れた人も何人かいたようです。

そして、通じなかった大学のHPも復旧。結局、大学は4月末まで休校となりました。そして、当分の間学生は実家で待機との事。とりあえず新幹線が復旧してくれるまで待つつもりです。でも私が配属された研究室をはじめ、多くの研究室の居室が入っている建物は地震で大きく損傷していて、しばらくの間立ち入り禁止だとか…大学が再開してもまだ安心は出来なさそうです。

 

ということで、私は現在も実家におります。先週火曜には静岡でも地震がありましたが、こちらも全く被害はありませんでした。

地震から時間が経つごとに明らかになっていく被害状況に胸が痛みます。でも今すぐに出来るのは募金と、買いだめしないことと、デマに惑わされないことと、(西の方ではあまり意味がないかもだけど)節電くらい…

仙台に戻って大学が始まったら、学生生活(の半分くらい?)を東北の復興に捧げたいと思っています。

あと、次に大きな災害が起こったときは自分が開発した技術で人の命が救えるように、研究頑張ります。

これ以上、事態が悪化しませんように。そして、1日でも早く日常が取り戻せますように。

 

 

 

4月6日、追記しました。自分の心に区切りをつけるためにも、ここに吐き出します。暗い話題ですので、そういうの嫌いな方はここでUターンを。

 

 

 

 

 

 

今回の地震で気付かされたこと。

それは、私達は“生かされている”ということ。

今回の地震や津波で亡くなった方は、何も悪いことをしてないじゃない。何かの巡り会わせであの地にあの日あの時間にいた。それだけなのに。なぜ命を奪われなくてはならなかったのだろう。人はそれを“運命”と呼ぶのだろうか。

でも、今回のことは他人事ではない。災害の多いこの日本に住んでいる以上。いや、この世に生きている以上。私は地震の危険性が叫ばれている地域出身だ。今はその地を離れて生活しているけど実家にはまだ母や祖父、友人もたくさん住んでいる。今、テレビの向こうにある愛する人を亡くして心を痛めている人々の姿は、いつ自分自身になってもおかしくないんだ。

…というか、人間って必ずいつか死んでしまうものなんですね。私は6歳の時に曾祖母を、10歳の時に祖母を亡くしたけれど、そのときはまだちゃんと分かっていなかった。私の大好きな人たちは遅かれ早かれいつか死んでしまう。そして、そうだ、私自身も…。

生きている以上、死ななければならないんだ。今まで人が亡くなるドキュメントとかニュースとかいろいろ見てたけど頭のどこかで他人事だと思ってたのかも。でも、他人事じゃないんだ。生き物が死ぬことなんて、万物に永遠のものがないことなんて、本当に小さい頃から知っているはずだったのに。今回改めて気付かされた。そして、その事実に打ちひしがれた。

死んだらどうなっちゃうんだろう。今までの思い出は?知識は?自我は?感情は?どこへいっちゃうの?考え始めたらもう怖くて怖くて怖くて怖くてキリがない。でも戻ってきた人がいないから私が考えたところで分かるはずもない。

そして、いつか死ぬと思ったら、なんだか生きてることまで怖くなってきた。

どうしよう。

でも、生まれてこなければよかったなんて思ってはいない。私は、私の家族や友人に出逢えて、本当に本当に良かった、幸せだって、思っているから。

だから、私に出来るのは、与えられた命を大切にして過ごしていくことだけなんだ。

神様がいるかどうかは分からないけど、その神様が「生きなさい」と言っている限り、生きていかなければ。

自殺なんてとんでもない。生きたくても生きられなかった人がたくさんいるというのに。

私が生きているのって奇跡に近いことなんだ。両親が、祖父母が、曾祖父母が、たくさんのご先祖様たちが、戦争や災害に負けずに命を繋げて来てくれたから、今、私はここにいる。

だから私も未来へ命を繋ぎたい。

そしてせっかく1度きりの人生なんだから、

やりたいことをたくさんやって、

いっぱい笑って生きなきゃもったいない。

そうだ、だからこんなところで↑みたいなどうしようもない事ばっかりグダグダ考えながら立ち止まってないで、前を向いて歩き出さなくちゃな。被災した人たちはこんなこと考えないで復興に向けて努力してるんだもん。私がこんなこと考えられるのは暇だからだ。他にやることはたくさんある。

なんか哲学ちっくな決意表明になってしまいました…

お付き合いいただいた方、ありがとうございます。

もし、この文章で不快な思いをされた方がいらっしゃいましたら、本当にごめんなさい。

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